ご挨拶

琉球古武道賢亮流協会は沖縄に本部を置き、古武道の伝統を守りつつ、普及活動に努めてきました。私たちが大切にしている「古武道への思い」が伝われば幸いです。

初代会長 与那嶺幸助の思い


与那嶺 幸助(よなみね こうすけ)

琉球古武道賢亮流協会初代会長 範士十段

武道研究への情熱

琉球古武道賢亮流協会 初代会長・与那嶺幸助先生は、生涯をかけて探究し続けた武道家でした。1956年、沖縄工業高校にて空手の道に入り、上地流空手道の研鑽を積む中で、古武道を始められました。武道研究に対する姿勢は、決して近道を選ばず、基本を疎かにせず、日々の稽古と研究を積み重ねるという、静かで揺るぎない歩みとして表れていました。

私は、先生が非常に熱心に古武道の研究を続けておられる姿を、幾度となく目にしてきました。伊豆味繫雄先生をはじめ、多くの弟子を育てながらも、先生ご自身が学びを止めることは一度もありませんでした。簡単に褒めることはなく、指導は常に厳格。しかしその厳しさは、弟子を否定するためのものではなく、「武道に対して誠実であるか」を問い続けるためのものでした。道場には、先生が自ら書き記した武道に関する手書きのノートや資料が数多く残されており、そこからは、研究と鍛錬を生涯続ける姿勢が伝わってきます。

また先生は、伝統とは守るだけのものではなく、正しく理解され、次代へ手渡されてこそ生き続けるものだという信念を持っておられました。その想いのもと、国内に留まらず、米国や欧州にも足を運び、指導を続けられました。東京道場の門下生を連れて沖縄を訪れた際、クーラーボックスに冷えた飲み物をたくさん用意し、心から歓迎してくださったことを、今でもよく覚えています。稽古の後には、ご自身の研究成果をノートを広げながら、惜しみなく私たちに語ってくださいました。

年齢を重ねても鍛錬を怠ることなく、日々の稽古を何より大切にされていた先生。道場には、手作りの身体鍛錬用の器具、今で言うトレーニングマシンが所狭しと並び、常に新しい研究に夢中になっておられました。与那嶺幸助先生の教えは、技の形としてだけでなく、「学び続ける姿勢」「基本を尊ぶ心」として、今も私たちの稽古の中に息づいています。

記:新垣昭善

伝統古武道の更なる発展


新垣 隆(あらかき たかし)

琉球古武道賢亮流協会会長 範士九段 

多くの人に琉球古武道の魅力を

琉球古武道は、単なる武器術ではありません。それは、先人たちが命を守り、日々を生き抜く中で磨き上げてきた「生き方」そのものです。

私自身、与那嶺幸助先生、そして伊豆味繁雄先生という偉大な師のもとで学び、その教えと技を今日まで受け継いでまいりました。お二人から学んだのは、技の巧拙以前に、武を通して人としてどう在るべきかという姿勢でした。その志を次代へとつなぎ、琉球古武道をより広く、より確かに伝えていくことが、今の私に課せられた使命であると感じています。

私たちが学ぶ古武道の技や型には、強さや効率だけでは測れない知恵が込められています。相手を知り、自分を律し、無用な争いを避ける。そのために、武器を手にする者こそ力の使い方を慎み、心を正す必要があります。この精神性こそが、琉球古武道の根幹であると私は考えています。

賢亮流は、代々の師より受け継がれてきた教えと技法を大切に守りながら、古武道を過去の遺産として閉じるのではなく、今を生きる人々の身体と心に生きるものとして伝えてきました。形を通じて姿勢を知り、呼吸を整え、心の揺らぎに気づく。稽古の積み重ねは、日常の立ち居振る舞いや、物事への向き合い方にも静かに影響を与えていきます。

こうした琉球古武道の価値は、日本国内にとどまるものではありません。私はこれまで海外にも数多く足を運び、指導や普及活動に力を注いできました。言語や文化の違いを越えて、武を通して伝わる精神は確かに存在します。琉球古武道が持つ奥深さと普遍性を、世界の人々と分かち合うことは、現代における重要な役割であると感じています。

道場には、長く修行を積んでこられたに限らず、これから古武道に触れる方も集います。経験の有無にかかわらず、共通しているのは「学びたい」という真摯な気持ちです。賢亮流は、勝ち負けや優劣を競う場ではなく、それぞれが自分自身と向き合い、歩みを重ねていく場でありたいと考えています。

これからも賢亮流は、先人たちが築き上げてきた伝統を尊びながら、誠実に稽古を重ね、琉球古武道の精神と技を次の世代、そして世界へとつないでまいります。この道に関心を持たれた皆さまが、武を通して自らの軸を見出してくださることを、心より願っております。

琉球古武道賢亮流協会会長 新垣隆

図柄について


琉球古武道賢亮流協会

りゅうきゅうこぶどうけんりょうりゅうきょうかい

現在使用されている協会図柄は、2012年(平成24年)10月、当時東京深川道場において鍊士六段であった新垣昭善氏により考案されました。その意匠には、以下の意味が込められています。

円心部
 沖縄県章を配し、琉球に根ざす武道であることを象徴しています。

三つ巴
 尚徳王(1461~1469)以来の王家の家紋に由来し、琉球王統の象徴とされる左旋回の水の勢いを表しています。

釵(サイ)
 イ、釵は人体を象徴し、交差する姿は「和をもって貴しとなす」という精神を示します。
 ロ、先端が上を向く形は、天に向かって伸び、発展し続ける賢亮流の姿を表しています。

図柄内の「佐敷」の文字
 イ、15世紀初頭、三山鼎立時代に終止符を打ち、統一国家を樹立した英雄・尚巴が輩出された地「佐敷」であること。
 ロ、琉球古武道賢亮流協会の誕生の地であり、本部所在地である「佐敷」であることを示しています。